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夜を駆ける

 毎度格別のお引き立て、誠にありがとうございます。
 この度、動力源が少々留守に致しますので、
 しばしの間サービスはご利用できない状態となります。
 日頃のご愛顧に感謝して、今一度無料で一回ご利用いただけますが、
 いかがいたしましょう。


一瞬の沈黙の後、お願いするわ、と声がした。
存外に小さい声に動揺する内心を隠し、江間は短く答えた。

「承りました。では、また後程」

通話を切ると自転車の鍵を掴み、常とは違う服装で部屋を出た。
思考は相変わらず停滞していたが自転車をこぐ足は軽く、
自分が常態なのか落ちているのか良く分からない。
銀誓館へ来て以来、江間はよくそういう状態になる。

夜の闇は色素の薄い目に優しく、六月の空気は肌に柔らかい。
カフェの前に自転車を滑り込ませると、いくらもたたぬうちに蜜琉が出てきた。
何故ここに寝泊りしているのか、江間は知らない。
目だけで笑って促すと、蜜琉もまたゆっくりと笑った。
向けられる笑顔に陰はなく、変わらず甘く、ただ今は敢えて少し距離をとっているように見えた。

「お待たせ致しました。どうぞ」

何も見ない、何も言わない、何も聞かない。
自分は後輩ではなく、カフェの仲間でもなく、江間でもない。
そうするしかなく、それしか出来ない。

自分が人間でなければ良かったのに、とぼんやりと思う。
もっと柔らかい、優しい何かであればよかったのに。


蜜琉が後ろ向きに腰掛けたのを確認して、
江間はゆっくりとペダルを踏んだ。

一人暮らしの生徒も多い銀誓館の周りは、夜になると驚くほど人が減る。
明かりを落とした商店街を抜けて、道が広い海のほうへ。
何もないが、景色はいい。
後ろの蜜琉は何も言わない。

深夜の徘徊はこれで三度目になる。
江間の与り知らぬ場所で思い悩む様子の蜜琉に、
冗談めかせて気晴らしの招待状を送った。

何を話すでもないただの散歩だったが、
気分転換になるのならそれでよかった。
江間は江間で、帰り際少し晴れた蜜琉の表情に満たされた。
無為ではないと感じるのは単純に嬉しい。

小石でも踏んだのか、小さく自転車が跳ねた。

「サウンドオプションも、あったんだっけ?」

ハンドルをとられないように意識を緊張させたせいで、
一瞬声を聞き逃しそうになった。

「…各種取り揃えておりますが」

内心驚きながら、平然を装って返事をする。
蜜琉が話しかけてくるのはこれが初めてだ。

「九九傑作選、般若心経・ラップバージョン、円周率朗読、とっさの読経、何がなくともライオンに勝つ方法―――今日のオススメはせめてザリガニに勝つ方法…」

「あなたのはなしをして」

予想外のリクエストに、虚を突かれて息を呑む。
自分の話を聞きたいと蜜琉は言う。
江間であっていいのだろうか。

「…どんな話?」
「かわいいはなし」

自分の発言を訂正するでもなく、
そう言い切った蜜琉の口調はいっそ幼かった。
気まぐれの思いつきなのか、それとも弱っているのか。
判断しかねて江間は戸惑う。

「も、…モーラットが欲しい とか」
「それ良将ちゃんの話じゃないでしょう?」
「小さい頃、氷舐めてたらうっかりつるっと飲み込んで窒息しかけたとか」
「…それは、苦しそうねぇ…」
「…いちご貴族の白いワニの皮って高く売れそうだよねェ! いい皮、つまり」
「親父ギャグは禁止よぅ」
「こ、こないだの朝、窓を開けたら黄色いマントをかぶった子豚が外を!」
「だうと」
「えええー…?」

自分のかわいい話など、本当に何も思いつかない。

「……将来の夢は魔法使いだった…とか!」

記憶を探りながら、苦し紛れで呟く。
江間にとっては、正直あまりに幼稚で恥ずかしい思い出。
口に出してからしまったと思ったが、
打ち消す前に、背中で小さく噴き出す音がした。

「いいわねぇ、それでお願い」
「了解…」



 かわいいっつか、アホな話なんだけどさァ…

 魔法使いつっても、オレがなりたかったのは悪い奴じゃなくって、ソーサラー、太陽に仕える魔法使いねェ。強くって、超頼りになって、誰にも負けない。そんで、何もかもを何とかできる魔法が欲しかったのね。
 オレの周りの大人は本当どうしようもねェっつか、ろくでもねェのばっかだったんだけど。いつもギリギリで、苦しんでて。オレが、あの人たちの魔法使いになれたらって思ってた。痛いとか悲しいとか、辛いとか寂しいとか全部消して、いいものをぱーっと手から出して、皆苦しいこと忘れて笑って幸せになれるような。
 何でそういうの使えねェんだろうって、素で不思議だったんだよな。ヤードでも、マニュアルじゃなくて魔法習えねェのかって、マジで考えてた。
 箒の先にタマゴの黄身つけたら飛べる!とかろくでもねェこと周りの大人に吹き込まれて、ボールに卵五個くらい割って漬けてみたりして、食いモン粗末にすんじゃねーーーー!って思いっきりネロに殴られたりさァ…
 結局黄身はデマだったみたいでさ。

 相変わらず空も飛べねェ、魔法は使えねェ。
 …参っちゃったねェ!






黙って聞いていた蜜琉は、卵の黄身のあたりで声を上げて笑った。くすぐったがるような笑い声に、揺れた肩が江間の背中に当たった。

「…そんな魔法が、使えたら素敵よねぇ」
「目下修行中なんだぜ…」
「成果はいかが?」
「どうにも才能はない模様ッ」

誰かを救うどころか、何も出来ないと思い知るばかりだ。
手のひらの闇は全て飲み込んで尚虚無を広げ、
江間はただ距離の遠さを思い知る。

「あたし、ひとつだけ魔法を知ってるのよぅ?」

いつの間にか瞬きを止めていた江間の目を、
瞬時に現実に引き戻したのは蜜琉の声だった。

「寝る前に、右足の踵を三回鳴らすと、好きな人が夢の中に来てくれるんですって」

魔法というよりは、おまじないの類。
いっそ無邪気なそれに、江間は笑った。
二つ上だが、かわいいひとだと思う。

昔読んだ童話を思い出す。
オズの魔法使い。あれは確か、靴を鳴らすのだ。
―――おうちがいちばん。
おうちがいちばん、と、孤児の主人公が言う。

「でも試した事はないの。だって、誰も来てくれなかったら寂しいじゃない?」

だから使ったことはないのよ、と蜜琉はもう一度言った。
夢で会えたほうが目覚めてから寂しそうだと江間は思い、
思うだけで言わなかった。

もう夢でしか会うことを望めない誰かが、蜜琉にもいるのだろうか。
最近見せる憂いの翳りは、今の言葉に何か関係しているだろうか。
何も聞けないまま、背中が熱い、とぼんやり思う。




再びカフェの前へ戻り自転車を止めると、
蜜琉は軽い足音を立てて飛び降りた。
揺れた長い髪を一瞬見つめ、
江間は故意に意思を込めて呼びかける。

「ミツル、」

驚いたように振り返った蜜琉を見て、
唐突に全て己の杞憂かもしれない、と思う。
杞憂ならばそれでいい、と思いながら続けた。

「…無茶、しないでねェ」

蜜琉の明るさには、芯の強さから来る安定感がある。
大らかな感情表現をするが、女性らしい合理的な面も持っている。
決して無謀に走るタイプではない―――常ならば。
ただし、弱っている時に常態は参考にならない。
精神の磨耗は、一種の状態異常だ。
人の顔も気持ちも、いくらでも変わる。簡単に揺らぐ。
だから江間は恐ろしい。

自分を大事にして。
動けなくなる前に、周りを頼って手を伸ばして。

そう続けようとして、飲み込んだ。
つい最近、似たような言葉を使ったことを思い出したからだ。
思っていることを上手く言葉することもできないというのに、
それすら正確に相手に伝えることができなかった。
唐突に遠ざかる心の距離と、笑顔による柔らかな拒絶を、ただ眺めるしか出来なかった。
渦巻いた言葉を瞬時に奥歯でかみ殺し、ただもう一言、言葉を重ねる。

「…危ねェことしないでね」

蜜琉はゆっくりと一度瞬きをした。
わずかな光源を映して光る、大きな瞳が一瞬揺れたように見えた。
危うい。江間は直感するが踏み込めない。
す、と静かに息を吸って、ゆるく吐く小さな音。

「…良将ちゃんも、怪我しないでねぇ?」

声は甘く、しかし表情は暗くて見えない。

「いってらっしゃい、気をつけてねぇ?」

彼女は微笑んだようだった。
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