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Bring me to life 1


(鎌倉駅前 某ビジネスホテルにて)





 華美や贅沢を敬遠し、ひたすら実用性を重視する傾向のあるネロは、この日も市内のビジネスホテルに部屋を借りていた。観光用のホテルよりも、他人に興味がない連中が多いのが利点だ。
 鍵を開けてやった自分をすりぬけ、ジュニアはさっさと部屋に入るとソファの端に収まった。
 この図々しさは何とかならねェのかと思いながら、ブリーフケースから取り出したファイルをアホ面に叩きつけた。

「へぶ!」
「資料だ。読め」
「…読めねェって、こんな専門用語ばっか!」
「目を通すだけ通せ。後で説明してやる」

 さも嫌そうに顔をしかめながら、ジュニアは渋々といった風情で資料に目を通し始めた。
 明らかに分かる単語だけを拾う流し読みだが、それでもパラパラとめくるうち、その目に怪訝な色が浮かんだ。

「…大学…これ何だっけ…イセキ? 調査の護衛…何コレ」
「見ての通りだ」

 短く答えると、江間がそうじゃないと言いたげに目の下に皺を刻んだ。
 なんでアンタが、こんな退屈な仕事を。
 放っておくとまた文句を言い出すので後頭部をはたく。

「地図見ろ、説明する」

 南米の小国。最寄の村から森を10キロ、その後カヌーで5キロほど上流へ遡ったところにその寺院はあった。日本のように何もかも管理されている国は稀だ。例によって登録もされずに廃墟と成り果て、あとは朽ちてゆくのを待つばかりであったその遺跡に、どうしてかあるアメリカの大学教授が目をつけた。
 ただの寺院だと思っていたら、先発隊10名のうち、戻ってきたのはたった2名。その者たちもショック状態が酷く、未だまともに話せる状態ではない。かろうじて聞き取ったのは『何かいる』『化け物』、そしてブレの酷い写真。

「写真、」

 適当にいろいろとすっとばしているネロの説明を、口を挟まずに聞いていたジュニアはそこで始めて顔を上げた。ファイルを見ろと顎で示す。促されるままにファイルを捲ったジュニアの瞳が、一気に光を取り戻した。
 石の建造物の暗がりから顔を出しているソレは、人間のようであった。ただし頭髪はほとんど抜け落ちている。薄汚く変色した肌、痩せこけた体。落ち窪んだ眼窩に開いたままの口。
 お世辞にも心休まる写真ではないが、子供は心底安堵したような声を上げ、ソファに転がった。

「あー! 何だー、」

 こんにちはオレの使命、とうっそりと笑う。人間相手でないのが純粋に嬉しいらしい。人間が何より恐ろしいと教えたのは他ならぬネロたちだが、この極端さは少々問題だ。今回の場合、ネロが予想している結果が出るようであれば特に。

「これのお片づけがオレの仕事?」
「それが一つ―――もう一つは子守だな。カタギのクライアントの連中。加えて今回、訓練所上がりの新兵を二人。慣れるまでの数日でいい、面倒見てやれ」
「いッつもガキ扱いするくせに…」
「ガキでもねんねの子守ぐらい出来ンだろ」

 ねんね、という響きが気に入ったのか、ジュニアはまた笑う。
 物心ついた頃から連れ歩いていたが、所詮まだ体も出来ていない15の子供だ。そうスタミナのある体つきではないし、消耗戦には向かない。しかし持ち前の人懐っこさと愛嬌は、使いどころによっては非常に役に立つ。お世辞にも愛想がいいとはいえない無骨な連中と、カタギの一般人との間をすべりよくするために投げ入れておくにはちょうどいい。わざと拙い英語を使い、うまく立ち回る程度にはジュニアは狡猾だ。

 ロシは?
 よく懐いている赤毛の男を指して、子供は尋ねた。陽気で家族想いのイタリア人で、とびきり料理の腕が立つ。イレギュラーのジュニアではなく、常ならば間違いなく外交担当である彼はどうしたのか、と。

「カタギに戻るっつってこないだ辞めた」
「…もう4回目だっけ?」
「5度目だな」

 そっか、と言ってジュニアはそれ以上を言わずに留めたが、そのうち帰って来るだろう、と口に出さずに思っていることは明らかだった。この稼業は、結局離れられなくなる者が多い。

「なるほどねェ。ふーん…」

 ジュニアは一度、納得したように頷いた。

「退屈な依頼。楽そうだから、新人も入れて。ロシはいない、オレが入る。楽な依頼だから。大学の調査団の護衛。アンタが。…フーン…」

 ぶつぶつと呟きながら、ゆっくりと瞬きをする。 

「―――ふーん…?」

 目だけ動かしてこちらを見る子供に、ネロは口の端に歪んだ笑みを刻む。ちゃんと気づくようになった子供への、満足の笑みだ。
 何か隠しているだろう、というもの問いたげな視線を、ネロは無視した。自分は頭で、ジュニアは手足だ。確証がないうちは口に出さない。話す気がないことをさっさと悟ると、子供はそれで納得したようだった。

「…まァ、いっけどねェ」

 アンタは必要なことは言ってくれるから。
 そう言ったジュニアの口元には、自嘲めいた苦笑が浮かんでいた。面白い顔をするようになった、とネロは興味深く観察する。今までになかった表情だ。話さねばならないことは話す、邪推と深読みは混乱を招くから控えろ。教え込んだことだ。
 それに対してこういう反応が返ってくるということは、少なからずこの地の出会いによって変化が生じているということだ。
 狭い世界で鬱屈しきる前に外へ出したほうがいいと日本へやったが、正解だったようだ。
 広い視野を身につけ、やがて自分と肩を並べるようになるか、それとも絶望しきって何も考えない忠実な兵となって戻ってくるか。
 どちらに転んでも、ネロに損はない。

「…露払いが終わったら、さっさと帰してやるよ」

 アンタは嘘ばっかりゆうね。
 そう言ってジュニアは笑った。
 自分がまだこの子供ぐらいの時、エマがよく見せた笑顔にひどく似ていた。



『―――ホント、仕方ないわねぇ』



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