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【Prologue】 泡のような知覚

夏の暑さもすでに遠のき、すごしやすい時期になった秋の昼下がり。
教室棟からやや離れた場所に位置する、元生物準備室。
マンモス校にも程がある生徒数を誇る銀誓館学園だが、ここまでくると波が引くように喧騒が去る。

今は数名の生徒の溜まり場になっているその部屋の入り口で、江間は固まっていた。銀のバングルをはめた手で、瞠目したままゴーグルを上げる。

「う わー…お、」

先客は一人。見慣れた人物だ。
長身痩躯、伸びた手足を黒基調の服に包んだ、二つばかり年上の人。
――――鬼頭・菫。
彼がこの教室にいること自体は、何の不思議でもない。そもそもこの教室の鍵管理者は菫であり、他の場所ではレアポケモン並に目撃頻度の低い彼だが、ここに来れば大抵会うことができる。
この教室に人が集まり始めて早数ヶ月。
流石に会っただけで驚くような関係ではなくなっていたが――――
しかし、それが『机に突っ伏して眠っている菫』であったら話は別だ。




平時の江間・良将は、往々にして情緒寄りで人が好きな子供であった。
ゆえに好意を向け、好意を返してくれる相手には戸惑いなく懐いたが、鬼頭・菫に対する位置づけは、出会いから数ヶ月を経た今もいささか曖昧なまま保留されていた。
底が読めないという点で考えるのならば、亘理・計都にも同じことが言える。しかし菫の場合、両者の属性が余りにもかけ離れていたので、江間は菫に対してはほとんど無警戒だった。
彼が持つ、熱くもなく冷たくもない空気に江間は懐いた。
少なくとも、ことあるごとにちょっかいを出し、頻繁にGTに誘い出す程度には。



折り曲げられた手足。散らばる髪。
かすかな寝息と共に、ゆっくりと突っ伏した背中が上下する。

「め、珍しー…」

この人も寝るのか。いや寝るだろうけど。
失礼なことを考えながら、江間はそれ以上教室に踏み込まずに眺めていた。単純に、これ以上踏み込めば起きるだろうと踏んだからだ。寝ている時に下手に相手の間合いに踏み込むと、即拳が飛んでくるような環境で育ったので、そのあたりの距離の見極めには無駄な自信があった。

興味津々の体でしばし眺め、
しかしすぐに飽きた。
もたれていた入り口の扉から体を起こし、ペットボトルをあおりながら一歩踏み出す。これもまた興味と好奇心。
物音を立てず、しかし気配は別に隠さず。
まだ動かない。もう一歩。

――――途端、
菫ががばりと音を立てそうな勢いで飛び起きた。

(…うあ、)

――――睨まれた。
反射的に、手がツナギのポケットへと伸びたのはご愛嬌。
あまりの珍しい表情に、江間は瞬きも忘れて凝視する。
初めて見る表情をしていた。

――――知らない者を見る、その目。

冷たくもないが熱くもない、ただそこに揺らめいて、領域を侵してくる者へ向かう警戒の光。
驚くよりは、感嘆にも似た感情を覚えた。
こちらが敵意を持っていないことは気配で悟ったのだろう、それは一瞬だけ強く光り、すぐに眠気の中に消えた。
焦点の合わない目が二、三度瞬きしてやがて江間を認識し、唇にいつもの薄い笑みが浮かぶまでの一連を、江間は眺めていた。

「―――ああ、江間クン。おはよう」

昼下がりに真顔でそんなことを言う。
可笑しくなって笑う。

「おはよー、ございます」

横にあった紙袋に無造作に手を伸ばす菫に、具合でも悪いの?と問いかける。
いや? 私は大抵元気だよ! という返事に笑いながら、近くの椅子に腰掛けた。
教室にはまだしばらく、誰もくる様子はない。

特別語り合いたい話のネタもなく、双方沈黙を気にするタイプでもなく、つまり好きな方向を向いて好き勝手なことを始めたのだが―――江間は図書館で適当に借りてきた本を取り出しながら、菫について考え出していた。

奇天烈な風体に惹かれて近寄ってみたものの、実際側にいると、鬼頭・菫という人物はひどく理性的な相手だった。たまに理解不明な単語が飛び出してくることを除けば、言動も行動も穏やかだ。他者に声を荒げたり、動作が乱暴になったところは未だ見たことがない。
自制出来ないことと狂っていることは違うことを、江間は朧げながら経験で悟っていた。菫は確かにクレイジーだったが(だってまあ、普通は思わないだろう紙袋をかぶって生活しようなどと!)、彼の周りには奇妙な安定があった。
      今にも転がりそうな球体の上に立つ、鳥の足をした女神。
      目隠しをして剣と天秤を握っている
      安定していることがおかしい不安定

表向きは平和という名の共同幻想に包まれたこの小さな島国で、どんな環境で、何を思いながら彼が現在に至ったのだろうか。ぼんやりと思索を巡らせて、唐突に自覚する。

ああ
オレは思うほど、この人のことを知らない。






ふとした自覚は、解き放たれて好奇心へと変わる。
この人は何だろう?

「菫センパイってさ、何で紙袋かぶってるの?」
「趣味!」
「あ、そう…」


この人は何だろう。



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