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【01】 ひそやかな虚ろ

なにもしらない
心の奥からふと泡のように浮き上がった自覚は、相手への興味へと変わる。



「てーい」

一度床で跳ねたピンポン玉は、前方で机に向かう菫の背中にぶつかって転げた。百葉箱の中に入っていたので、何となく拾ってきた軽い球体。
菫はくるりと振り返り、注意をひくことに成功した江間は満足した。
特に用事はあるわけでもなく、ポケットを探ったからあったのでぶつけただけ。
嫌がらせなどと、とんでもない。嫌がらせをするならこの時期イガグリでも投げている。

「てい!」
「っ!」

ひゅっと何かが飛んできて、反射的に受け取める。
一瞬イガグリとかナマコだったらどうしようとか思ったが、飛んできたのは可愛らしいピンク色。

「…あ、あれ?」

三角パックのいちご牛乳。
意外すぎて、江間は目をぱちくりさせた。
菫に目を戻すと、既にこちらに背中を向けてノートに向かっている。(ちなみに何を書いているのかは知らない)
「あ、ありがとー、ございます…?」

①餌付け
②構ってほしいのがばれた
③手近にあったものを投げたらたまたま飲み物

…③かな…と思いながら、ストローを紙パックに突き刺した。
一応賞味期限を確かめておくあたり、江間も用心深くなっている。
ところでこれは菫が買ったのだろうか。


うだるような夏の暑さも既に遠く、江間はストローを口に咥えながら窓の外を眺めた。空は薄く曇っていたが、外は明るい。
 ―――英語はViolet。
 イタリア語は、
 ええとなんて言ったっけ、花の名前なんて詳しくねェけど、ああそうだ。

「――― viola だ、」
考えていただけのつもりが声に出ていたらしく、菫が振り返る。
怪訝な顔をするでもなく、単純に注意を向けただけのその顔に江間は笑いかけた。

「花の名前だよねェ? 菫センパイの名前って、」
「うん? ああ、男だとあんまいないかな、」
「ふうん」

相づちを打ち、ふと尋ねてみたのは思いつきだった。

「…もしかして、兄弟も花の名前ついてたりする?」
「あれ、よく分かったね! うん、上が菫で下が薊!」

上がスミレで。
まるで外から眺めるような言い方が一瞬耳に引っかかったものの、江間の意識は菫に兄弟がいたことのほうに引き付けられた。
アザミ。
響きは女性名だな、と思う。この学園は随分と特殊な名前が多いそうだが(実は江間はよく分かっていない)、それでも音の響きとニュアンス、あとは漢字で、男性名か女性名かはアタリがつく程度には慣れた。

「アザミ、ええと、女の子?」
「いや? 両方男!」

両方男。
菫の表現は、不思議と江間の意識に引っかかる。

「へー、お兄ちゃんなんだ。そっちはいくつなの?」
「さあ、死んだ子の年は数えるなって言うらしいしねぇ」

シンダコノトシハカゾエ――――
言葉の意味を理解した瞬間、今度こそ江間は菫の顔を見上げた。
いつもの薄い笑いが消えていた。虚ろではないのに、見るべきものはここにはないというような不思議な目に、すっと何かが過ぎる。
何かは分からない。痛みなのか喜びなのか、あるいは虚無か。ああそうだこの人の目の色は、あの国では喪に服す色。

「―――そうなんだ、」

出来るだけ、何も意味を込めないように相づちだけ打つ。所詮江間は人の痛みなど分からない。誰かにとっての誰かの価値や大きさなど、知りようがないのだ。
菫は、すっと流れを切り換えた。

「まあ分かり難いよね、この名前! 江間クンみたいなのだったら分かり易いかもだけどさ?」

今度は江間が瞬く番だった。一口飲んだイチゴ牛乳から口を離す。

「…オレの名前、分かりやすい?」
「少なくとも男だっては分かるんじゃないかなぁ? 読み方は咄嗟に分からないかもだけど、漢字的に!」

ああ、と江間は納得した。
良将、この字をリョウショウと読むことは少ないらしい。この国に来て数ヶ月たつが、ふりがなをふってもまず間違われる。
ヨシマサだとか。―――ヨシタダ、だとか。
当然だ。元々の名前はそうだったのだから。
うっすらと苦い笑いを滲ませて、首を傾けた。

「…男親の名前なんだよねェ、コレ。もう死んでんだけど」
「? 同じ名前?」

純粋に不思議そうに尋ねられて、一瞬戸惑った後に頷く。

「うん、えっと、文字が。ヨシタダって言う人だったんだけど」
「同じ漢字でつけたの? 襲名……だっけ、そういうのある所?」
「え? えーっと、シュウメイがわかんねェ」
「んー、何だろうねぇ、親とか何かの師匠とかの名前を継ぐやつ! 
 ま、今はそれこそ歴史ある家とか伝統芸術の方じゃないと滅多に無いだろうけど!」

よくは理解できなかったが、何となく大層な印象を受けて江間はうろたえる。
名前と同時に何か受け継ぐ、次の代へ、そして次の次の代へ伝えるために。
それは重い。尊いが、重い。
そして、自分のそれとは完全に違う。

「いや、多分そんな立派なのじゃなくて、単にヨシタダがいなくなったから、お前がそいつになれって、いう…あれ、こういうのもシュウメイっていうの?」

無意識に答えを求めるように菫を見る。
菫は一瞬視線を合わせたが、考えるように少し首を傾げた。

「それは襲名って言うよりは……。……いや、」

何か言いかけて、ふと口を噤む。
何を言おうとしたのだろうと無性に気になり、気にする自分を滑稽だと思い、振り切るように言葉を重ねる。

「…や、名前自体はいーんだ、別に。別に、何だって、何て呼ばれたって、それがオレを呼んでるんならオレは返事するし」

江間はストローを軽く噛む。

「でも、」

他者の面影を求められるだけならまだしも、
そのものだと思われるのは、どうしようもないほど消耗する。
救いようがないのは、相手もまたそれを自覚していることだった。
         ―――――エマ。
                ―――――ヨシタダ、

違う。叫びつづけた喉は焼けて久しい。
虚ろから湧き出た物思いから江間を引き戻したのは、菫の声だった。

「まあ、名前なんて他人から個を区別するだけのもの、って言っちゃえばそれまでだろうけどね!」

瞬きの後に菫を見ると、特に何を思うでもないという風に、いつものように薄く笑っている。
この人の言葉は本当に含みがないと思いながら、江間は空になった紙パックを無造作につぶした。
本当にそうだ、個を区別するために使われるはずのものなのに。
面白くもないことを話しすぎた、と気恥ずかしくなり、眉を下げて笑う。

「…やんなっちゃうねェ!」

ぽんと勢いをつけて立ち上がる。
気がつけばそろそろ日は傾き始めていた。

「ヴィオレッタ、ヒマなら今からアミーゴいかない?」

菫は、少し笑う。

「ヴィオレッタじゃなくて菫なら暇だよ! ……まあ私は数多いからアミーゴちょっと面倒なんだけどね!」
「んじゃ菫センパイ。アザレアいこーよ」

スポーツバッグを無造作に肩にかけ、薄手のコートから鍵を取り出す菫を見ながら一足先に歩き出した。
教室を出た瞬間、ぶつかりそうな位置に誰かいた。

「―――――、」

知った気配に、目だけ動かしてソレを見据える。
最初は誰にでも見えたそれは、すぐに形をとる。
両手を組みあわせた、痩せた混血の、

オレは   の   になりたくて  れなかった。
   で    で、
だから    が   かった


江間は避けもせずに足を踏み出す。






それは、体をすり抜けて消えた。

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