2017/10
 12345678910111213141516171819202122232425262728293031 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【02】 優しい不完全

 鍋はそこ、包丁のある棚はここ。
 これと、これは好きに使っていーから。
 ちょこまかと気をつかうハクヤの説明を聞きながら、江間はスポーツバッグに突っ込んでおいたスーパーの袋を取り出した。

「前来たときと鍋の位置は変わってねーから」
「ハイハーイ」

 よく磨かれたシンクに玉ねぎを転がす。
 手入れの行き届いた台所。整然と定位置に収まり、静かに出番を待つ台所用品。くるりと見回して、江間は感嘆混じりのため息をついた。すげェ。ここは間違いなく忍の聖域だ。
 一足先に三重へと出向いた、たおやかな風貌を思い浮かべる。続いて赤い華のような人も。無事でいるだろうか。

「…一泊で店長も神風も帰ってくる、よな?」

 長引くのなら、ハクヤを自分の部屋に招くのもいい。ただ単純にそれだけの意図から発した問いかけだったが、ハクヤは目に見えて動揺した。見えているのかと不思議になるほど鮮やかな翠の目が、落ち着かなげに左右に揺れる。

「こ、こっからちけーんだから大丈夫に決まってんじゃん! 
 それにもし、幽霊船に直行することになったんなら、俺達も行けばいいしな!」

 一気に紡いで微かに息をついたあと、小さく唇が動く。だいじょうぶにきまってる。
 祈りのようだ、と江間は蛇口を捻りながら思う。ハクヤは人の痛みを感じ取ると、さりげなく構っては安定へと引っ張る子供だったが、一方で自分の精神の安定はすっかり忍に預けてしまっているようだった。2人揃っている時の安定感は熟年夫婦の域だというのに、1人になると途端に揺らぎだす。
 痛いことがあったのかな、とバジルを軽く洗いながら思う。
 この家の2人は、真逆のようで本質が似ている。人を幸せにするのが上手だ。痛みを知っている。少し怖がりで、とても優しい。
 ふとある言葉が頭をかすめた。いつか見た中国の本。

(何ていうんだっけ、―――ヒヨクの、)

 比翼の鳥。
 一人では飛べない。









「…こうへ、―――んだって、ジュニア」
「―――へっ!?」

 唐突な覚醒に、びくりと肩を揺らしてライフルを抱きなおした。
 身じろぎした拍子に身を隠していた茂みが音を立て、反射で息を詰める。大きな薮蚊が耳障りな羽音を立てて周りを飛んでいるが、肌に塗っている薬のせいで刺しては来ない。虫除けの軟膏は臭いがきついのが難だが、手足を腫れさせてかゆみと痛みにのたうつより余程マシだ。
 辺りに敵影がないのを確認して、子供は茂みからはいでた。木の影にぐったりと座り込む人影の横に膝をつき、顔を寄せる。

「―――なんか言った?」
「学校へ、行くって聞いたぜ…」
「あー。この仕事終わったらね!」
「いいご身分だな」
「生きて帰れたらね…」

 はは、と乾いた笑いを浮かべて空を見上げる。南米の大気は暑く、空は憎たらしいぐらいに青い。
 囮に使われるのはいつものことだった。ジュニアは子供で、敵の油断を誘いやすい上死ににくい。実際これ以上の逸材はないのだ、ちっとも嬉しくなかったが。
 上手く分隊をひきつけて各個撃破を繰り返すうち、怒った親が戦車ヘリを持ち出してきた。ゲリラ制圧とは名前だけ、放り込まれてみれば戦争だ。ファック、奴さん金がねェからヘリはないって聞いたぜ! 知るかよ逃げろ! 散り散りになって逃げる際、本隊とはぐれた。

「…やりすごせたみたいだねェ、」

 先ほどまで追撃隊の影が遠く近くに見えていたのだが、今はそれもない。

「移動しよ、ナパームが来る前に、」

 ヤンを抱き起こして肩を貸す。ジュニアより10以上年上の中国人。何の因果か共に本隊からはぐれ、そして運悪く先の絨毯爆撃で腹を抉られた。入った当初から何故かひどく嫌われて、ネロの見えないところでは散々嫌がらせをされた相手だが。
 ふらつく体を支え、一歩を踏みしめる。筋肉がみっしりついている体は問答無用で重い。
 傷は腹膜まで達する大怪我だったが、手持ちの道具では応急処置もいいところだ。しかも消毒薬を含ませた綿を、一緒に傷口に縫いこんだだけという荒業。かろうじて持ち合わせていた抗生物質を飲ませても、こんな不衛生な場所では焼け石に水だ。早く本隊と合流しないと危ない。
 有事の際に定めた集合場所はまだ遠い。早く戻らなければ置き去りだ。

「お前、知ってるか。魂の重さは、21gなんだとよ」
「…はァ?」
「魂かけて―――って皆誓うがな、たかが21gなんだって思うと笑えるよな、畜生。まあ 1t賭けられても困るか? 困るな」
「そうだね…アンタ、魂抜けかけてるくせに重いンだけど…もうさ、いい加減10gくらいは軽くなってるんじゃねェの? な あ、ヤン、歩けって。足、動かせよ…!」
「お前…氷の貴婦人にやられた傷、跡形もないな…」
「はァ!? ああ、うん、一週間で直ったよ! 全治四ヶ月とか言われたけど!」
「あの時ばっかりは、とうとう殺されたかと思ったけどなァ、」
「そうだねー、オレもあのとき、あー死ぬなと思ったね!」
「何やったんだ実際、」
「何もしてないよ。いいことは」
「死ににくいってのも、悲惨だな」
「……、本当にね!」

 よく言う、よく言う、よく言う。それをいいことに、憂さ晴らしのサンドバッグにしてたのはどこのどいつだ。苛立ちを抑えようと静かに息を吐く。相手をしている自分のほうが自棄っぱちになりそうだ。
 普段寡黙な男なのに口数が多い。口を動かしていないと、意識が危ないのだ。合流した後のことを考えて、痛み止めも飲ませていないのに。
 気がつくと、それと分かるほど体が冷たい。握りなおした手首の先、指先は既に青白い。血が足りないのだ。ねみいな、と掠れた声。呼吸はひどく弱い――――血液量減少性ショック。
 輸血パックも点滴も、あるはずがない。

「―――死んじゃうね、ヤン」
「…、構わ ない…俺が死ねば、金が入るからな、作戦中な ら、」
「アンタ担いで歩いてるオレの身にもなってよね…ちったーふんばれよオイ!」
「兄弟…に、十分な教育…させてやれるからな、」

 兄弟。
 初耳だ。ジュニアは顔をしかめた。
 そういえば、物好きな大人たちが、ジュニアに文字や外国語や因数分解を教えている時、露骨に蔑んで馬鹿にしたのはヤンだった―――劣等感の裏返し。嘘や罵倒の中には、その人の真実が隠されていると哂ったネロを思い出す。
 だからなんだ、とは思う。された仕打ちが帳消しになるわけでなし。死に際のにわか善人なんざ最低だ。
 苛立つ反面、徹しきれない内心は揺れる。下手に知ってしまえば憎めなくなる。報復も許さずに死ぬのなら、せめて思う存分悪役であってほしいのに。
 思っているうちに、一気に肩にかかる重みが増した。

 ―――変だな、軽くなるんじゃねェのか。

 悼むように目を閉じたのは一瞬だけだ。
 体に澱むものを吐き出すように深く息をつき、すでに亡骸となったヤンの体を木にもたせかけた。首のドッグタグとIDカードを引きちぎり、出来るだけの装備を奪って自分が身に付ける。一瞥して、すぐに踵を返した。遺体を尊ぶ習慣はない。
 死ねば生ゴミだ。












「―――エマ、」

 揺すられてびくりと目を開けた。
 暗い。エマ。夜、ああ、あの部屋。今日は誰だ。
 枕の下に突っ込んでいた片手を咄嗟に探り、そこに銃がないことに気づき、ようやく目の前にいるのは小柄な少年であることに気がついた。
 今は黒にしか見えない目が、僅かな光を反射して、溶けかけた飴玉のように光っている。

「江間、」
「……びっくりしたァ、」

 体を起こすと、ハクヤは僅かに肩の力を抜いた。軽い寝癖がついた白い頭を掻いて、ごそごそと自分の布団へ戻っていく。

「…何か言ってた? オレ」
「いや、寝息も立てずに寝てたけど」
「なんで起こすの、それを……あァ、トイレ? 付いてったげよっか?」

 一瞬の間の後、アホか!!と容赦なく布団越しにげしげし蹴られて、声を上げて笑う。
 心配した俺が馬鹿だったとか何とかごにょごにょ言っているので、布団にくるまったままごろごろ転がってぶつかりにいく。てっめぇ、と軽く唸って負けじとぶつかってくるハクヤに軽く蹴られてけり返し、お互い疲れて飽きたころ、再び転がって元の位置に戻った。
 子供2人が住むには広すぎる気がするこの家の夜は、とても静かだ。別室で眠っているはずの碧と骸の気配も今はない。
 暗闇の中ぼんやりと見える天井の木目を辿っていると、ハクヤが眠たげな声で呟くように言った。

「玖凪もさ、危なっかしいけどよー…」
「ンー?」
「お前、自分のことも大事にしろよー、」

 何度も何度も、ハクヤは繰り返しそう言う。
 そういえば、忍にも同じ事を言われた気がする。
 江間は不思議で仕方がない。自分ほど、自分のことしか考えてない人間もいないだろうに。

「オレはイヤになるぐらい自分の事しか考えてねーよー…」

 忍と蜜琉、そして遠くで戦っている生徒たちのことを考える。
 無事で仕事が終わりますように。
 傷つかないでいますように。
 それでも駄目なら、せめて生きていますように。
 江間は早々に神様に見切りをつけて、魔法使いになりたいと大言壮語を吐いていた子供だったので、当然のように祈る習慣など持っていなかったけれど。
 身勝手に願っていると、隣から身じろぎする気配がした。

「いっとく、けど、目に見える傷…とかー…、
 それだけじゃねー…から…」

 首だけ巡らせてハクヤを見るが、暗くてどんな顔をしているかまではわからない。なんと応えようか逡巡しているうちに息遣いが本格的に寝息に変わり、一人そっと肩の力を抜いた。
 近づいてくる眠りの足音を感じながら、江間も静かに目を閉じる。
 ここの空気はひどく平穏でひどく平和で、眩暈がしそうだ。



 遠くでまた、爆音が聞こえる。




スポンサーサイト

 | ホーム | 

プロフィール

エマ

Author:エマ

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。