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【03】ばかものたちめ


 かつん、かちゃ、かつん、かちゃ。





 彼女が歩くたび、不自然な金具の音が鳴った。
 右靴の中に、生身の足はない。足らしく見せるよりもより機能を追及した、精巧な義足が入っている。江間の父親が死んだ事故で、彼女もまたふくらはぎから下を失った。
 通常片足を失うと、使われない片足は棒のように細っていく。食い止めるためには相当の訓練とトレーニングが必要で、そしてどんなに努力しても、やはり維持は難しいという。
 片足を失って10年。彼女は第一線こそ退いたが、今なお義足で高い身体能力を維持し続けている。
 氷の貴婦人と揶揄されるその冷たい容貌の下、決して口外しない淡々とした努力と地道な積み重ねを江間は知っている。ずっと見ていたから。

 かつん、かちゃ。
 かつん、かちゃ。

 ―――ずいぶん久しぶりに聞く音だ。
 2歩後ろを歩く江間は、ぼんやりと目を伏せた。






そして王子様と隣の国のお姫さまは、
末永く幸せに暮らしましたとさ。
Happily ever after!





 デライラ・ヨハンソンとジュニアの付き合いは、かれこれ10年弱に及ぶ。
 出会いは、ジュニアの父親である眞田良将(ヨシタダ・サナダ)の死後から数ヶ月たった頃のこと。母親に放置されていた子供は思いっきり死にかけていたので、頭を撫でられて抱き上げられた時は、本気で天使が迎えに来たのかと思ったそうだ。
 組織が組織だったので、ジュニアに似た境遇の子供は少なくなかった。ジュニアはやがて、能力者としての覚醒にネロが気づくまでの1年ほどを、バラクーダの施設で暮らすことになる。
 同年代の子供に比べ、言語能力もコミュニケーション能力も低かった当時にあまり思い出はない。ただ、思い出したように迎えに来ては捨てていく母親よりも、たまに姿を見せては戸惑ったように頭を一度撫でる白い手に思慕を向けた。

 デライラは当時まだ20代の半ばを過ぎたばかりだったが、冷静で強く、有能だった。女性セクションでは腕利きの隊長で、時にその判断は冷酷だとも言われたが、部下からは慕われていた。
 例え想い人と別の女(そう、正妻といえば、それまでの)に出来た子供相手でも、幼子に無体を強いるような性格ではなかった。むしろその頃は、子供嫌いで加減を知らず、無茶苦茶ばかりする若いネロを諌めることすらしばしばだった。

 頭を撫でる、白い手。
 Kind. Kind. Kind.


 彼女が自分を見る瞳に垣間見える複雑な色の意味は、口さがない周りからそのうち知らされた。それでも時々姿を見せてくれる彼女に、そっと額をなでた手のひらに、子供は錯覚してしまう。
 ひょっとしたら彼女は、自分を愛してくれているのではないか? 
 幼い勘違いが、年経るごとに歪みを招くとも知らずに自惚れた。

 やさしい。やさしい。やさしい。





++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 艶やかに背中に流した栗色の髪、衰えを知らぬ白い肌。仕立てのよいパンツスーツ。少なく見積もっても江間の倍は生きているはずだが、デライラは美しい女性だった。
 椅子に座れという言葉を無視して窓枠に腰掛ける。大きくとった窓から高層ビルを見下ろし、小さく息を吸い込んだ。正直、向き合うのも近寄るのも避けたい相手だ。ネロとはまた違うタイプの敵わない相手。意識すると体が竦む。
 氷のようなアイス・グリーンの瞳がきろりと動いて江間を映し、江間は笑って肩をすくめてみせた。

「…ハロウィン、終わっちゃったよ。お菓子くれにきたの、」
「こちらを見るな。虫唾が走る」
「見てねーよ…」

 相変わらずなやりとりに嘆息し、高そうな一室を眺めた。壁も相当厚いだろうが、十中八九、両隣の部屋には部下が控えている。
 彼女に2人きりで会うのは本当に久しぶりだ。こちらにくる数ヶ月前に、派手に揉めて半殺しにされて以来。
 やたらと誂えのいいソファに腰掛けていたデライラの赤い口元が、細いシガレットのフィルムを軽く噛んだ。

「…学校はどうだ?」
「楽しーよ。銃と剣とバス停が互角に渡り合えて」
「随分と肥大化しているようだな」
「別に太ってるわけじゃないとは思うんだけど、」
「組織が分裂しないように祈るといい」

 ふん、と皮肉のように小さく笑う声。
 機嫌は悪くなさそうだ、と江間は小さく安堵の息を吐いた。
 平時のデライラと話すこと自体は、寧ろ楽な部類に入る。
 気づいていない思考まで読み取って、的確に抉りこんで貶めるネロとは違い、デライラは江間を見ているわけではない。機嫌が良ければからかうように話すが、その目は江間を見ていない。
 亡霊の面影を、必死に探している。

「生活費は足りているか?」

 頷く。どんな理由でわざわざ日本まで足を運んだのか知らないが、このまま何事もなく帰れるのならそれでいい。
 そう思いながら何気なくデライラを見やると、まともに目があった。いつもどおり感情を移さない眼差しに、しかし不思議と戸惑ったような光がちらつく気がして、江間は思わず問いかけた。

「…どうかした、」

 ――――途端、デライラの形相が変わった。








 数秒前の自分が、思わず英語でなく日本語で問いかけたことに江間は気づかなかった。
 ただ、背筋が粟だった瞬間、身に纏っていた服が慣れたオレンジへと変わる。
 イグニッション。こちらへ来て習得した能力の封印と解除のシステム。
 ああそうかあちらにいたときは常にイグニッション状態だったんだよな、逸れた意識でそう思った刹那、足元が浮くような振動が襲った。

「――――ッ!」

 衝撃と火花。息が止まる。
 続けざまにこめかみに衝撃が来た。髪を掴まれて、引きずり倒される。戸棚の角に頭を打ちそうになって、それだけ腕で庇う。
 咳き込みながら、白い蟲が体の中を凄まじい勢いでうごめくのを感じる。武器は持ってきていない。体内だけでいい。

「…なんだ、その囚人服のような色は」

 言われてうっすらと微笑んだ。
 ぐ、と足に力を込めて立ち上がるが、3発目ですでに方向感覚を失っていた。
 女性とは思えないほど拳が重い。急所は避けてくれるネロとは違い、デライラの暴力は発作的で衝動的―――つまり容赦がなかった。上手く防御しないと本気で危ないのだが、防御しすぎると怒りを煽る。
 殴られた部分の皮膚が、ゆっくりと色を変えていくのをデライラは睥睨する。間違いなくヒステリーなのだが、激昂というよりはひどく落ち着いて見えるのが恐ろしい。

 彼女は、江間の父親が死んだときに半分死んだ。虚ろになった部分に巣食ったものが、面影を残した子供に相対するときだけその姿を現すのだ。
 執拗に顔を狙う殴打を腕で庇いながら、頭の片隅でいつかのネロが哂った。お前、声そっくりだぜ、ヨシタダに。顔は死ぬほど憎い女に似てて、声だけそっくりで。そりゃおかしくなるだろうよ。


「お前は、」

 幼い頃は優しかった彼女が歪んできた理由は、間違いなく自分にある。

「――――お前が、」

 どれほどたっただろうか。
 白い手が首に伸びてくるのを、霞んできた視界で見とめた。
 先ほどまでの暗い、ただ暗い声ではなく、ひどく哀切な声。
 ぱた、と頬に何かかかる。
 血、違う、彼女は怪我していない、涙だ。

「――――ヨシタダ、」

 変化した声に、嵐が過ぎたのを悟る。
 あとは宥めればいい。
 物理的な暴力で、既にろくに力の入らない手を伸ばした。
 
「大丈夫、だよ」

 喉にまわされた手に触れて、ゆっくりと指を外す。デライラは抗わなかった。ヨシタダ、とただ繰り返す。
 そういえば、自分は一度も名前を呼ばれたことない。
 顎をとられて目を閉じる。
 …何もかも今更だ。


 オレは   の    になりたくて、なれなかった。
       て、    を見て   かった。 
 でも   て、だから自分が憎かった。



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