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【06】ハンプティ、ダンプティ(後編)


 囲め、囲め。
 フェンスのこちら側と向こう側、意味もなくひかれた境界線。
 菫の忠告を聞き入れることにした江間は、さっさと柵の中へと戻ることにした。いつものように軽く着地しようとして、右足に走った痛みにたたらを踏む。

「…大丈夫?」

 詰めた息が聞こえたのだろう、僅かにこちらに顔を向けた菫が首を傾げた。
 へーき。答えようとしてふと思い直した。…昨日サイコチェーンソーに囲まれてさ。ああ、江間クンなんでか好かれてるよね! 微塵の疑いもなく頷かれて江間は笑う。怪我をしていても不自然ではない環境は喜ばしい。腫れてはいないし蟲は蠢いている、夜には治るだろう。何の問題もない。

「…ところで菫センパイ、何しにきたの?」
「高いところが好きだから!」

 答えになっていなかったが、無性に説得力のある説明ではあった。適当に頷いて、江間はフェンスにもたれる。そういえば蜜琉や茜と共に気球に乗ったときも、高いところが好きだと言っていた気がする。いずれにせよ、菫が能動的に好きだと断言するものは珍しい。

「なんで好きなの、」
「何となく!」
「…菫センパイってさ、結構好きなこと好きなように喋ってるでしょ」
「まあね!」

 明快な断言に思わず笑い、そのままずるずると座り込む。鈍った頭でもさして問題ない、軽いやり取りは気が楽だった。
 遠くのグラウンドから、運動部の掛け声が聞こえてくる。
 どこかに行くつもりもなかったし、菫も特に気にしていないようなので、存外に近い位置で一人と一人はそのまま並んだ。
 鬱陶しければ、勝手に距離を取るだろう。相手任せにして江間は目を閉じる。体が心に引きずられて気だるかったが、元々浮き沈みの激しい自分にとっては珍しいことではなかった。
 じっと待っていればそのうち上がる。
 いつものことだ。








 ハンプティ、ダンプティ、あなたはだあれ。
 落ちて潰れた、あなたはだあれ。




 

「…菫センパイはさ、誰かが誰かの代わりになれると思う?」

 ぽつりと漏らした問いかけは唐突なものだったが、菫はさして不思議がる様子もなく応じた。

「…なれるでしょう」
「なれる―――かな、」
「人間なんて山ほどいるんだから、似た存在を探すのなんてそう難しくもない」

 代わりを探す人なんか、一部からでも面影を見つけるもんだし。
 そう言って菫は視線を柵の外へと向ける。
 その通りだ、と江間は目を伏せた。現に彼と彼女は代わりを見出した。もし自分がいなかったなら―――仮にこの先自分が死んでも、別の代わりを見つけるだろうか。
 菫の言葉通りなら、見つかるのだろう。それも、さして難しいことでもなく。
 自嘲気味に唇が歪み、立てた膝に顔を伏せる。
 代わりがいるということ、いてもいなくても世界は回るということ。考えてみれば当然の理だ。
 それはとても可笑しいことのように思えた。可笑しいと同時に、悲しかった。

「…じゃあさ。菫センパイは、誰かの代わりになれる?」
「私は私を曲げるつもりはないけど、他の誰かが私の中に誰かを見出すのを止めるのは不可能だよ」

 ――――危ないよ、と言う。
 ――――止めろ、とは言わない。
 そこで江間は唐突に、これまでの菫の言動に I think がとても多かったことに気がついた。
 私はこう思う。けれど、貴方がどう思うかは自由だよ。
 人の心などどうしようもないから。

「…菫センパイに、」

 言いかけて、軽く目を閉じる。言い直す。

「菫センパイが、すげー大事に思う人がいたとして。その人が、自分に誰かの影を見てたら、センパイどうする?」
「……、その状況になった事がないから、推測で話すよ?」

 聞いてどうする、と頭の片隅で声がしたが、それでも江間は頷いた。
 菫と江間は明らかに違う。
 答えを求めても無意味だ、と声がする。

「それの代替として私を見るのは勝手だけど、代替としての役割をおしつけるのならば、それは私の大事な相手にはカテゴリされない」

 なるほどこの人はそれが先に来るのだ、と江間は目を伏せる。
 けれど気がついた時には既に動かせないくらい、大事になっていた場合は? 
 理屈が後から追いついてくるような想いには、その論理では割り切れない。

「…大事な人は、いた?」

 過去形を使ったのは無意識だ。
 さして記憶を辿る風でもなく、菫は肩をすくめた。

「……さあ。私が一番大事なのは自分だしねぇ」

 ――――私は菫、鬼頭菫。私は私のために。

「一体何をもってして自分だって証明するの、」

 拠り所を持たない江間は半ば縋るように言い募る。
 それは人に答えを求めるような問いではない事に、子供は気づかない。
 笑い飛ばしてもいい青い問いかけだったが、しかし菫はいっそ律儀なほどに応じる。

「自分が、自分を自分だと思う限り」

 茶化すでもなくかといって真剣というわけでもない、それはただそれというだけの淡々とした声音。
 じぶんが、じぶんをじぶんだとおもうかぎり。
 江間は奥歯に力を入れる。喉の奥が痛い。

「あっても邪魔な自分なんて、ないほうがよくねェ?」

 自分が、自分が、と五月蝿く主張するだけで。
 何も手にできない、与えるどころか得ることすらできない自分なら。
 ないほうが、マシではないか?
 くるりとこちらを向いた菫が、心底不思議そうに言った。

「――――あっても邪魔、と思う人は誰さ?」




 すべての音が遠ざかる。
 空白。




「…あ…れ?」

 紙袋の黒い二つの穴を見つめたまま、江間は硬直した。
 あっても邪魔。
 何が?
 誰が?
 ああ。

「――――オレだ、」

 言葉に出した途端、生々しい自覚を伴って頭の芯が冷えた。
 彼女たちに愛されるそれになるには、どうしたって自分が邪魔だ。 
 愛されるためには、自分が邪魔だ。

「……オレが、」

 寒い。冷たい。寒い。
 コンクリートに差す影が凄まじい勢いで渦を巻き、暗い虚ろになって凝る。
 人の形、誰ともつかない誰のようにもみえる、手を組み合わせて祈るようにぽかりと虚ろな茫漠の瞳。
 穴のような瞳栄養失調でひび割れた唇、その唇が何か言おうと上下に開きかけた瞬間、遮るように江間は口火をきった。

「―――オレの男親、ヨシタダっていってさ、もう死んでるんだけど」
「死人のくせにオレの大事な人たちにすげー愛されててね、どれくらいかっていうと、その人たちの半分くらい道連れに死んじゃうぐらいに」
「――――エマって、ヨシタダって呼ぶんだ。ああ、エマって母さんの名前なんだけど。一人は分かってて呼ぶ、一人は分かってないまま呼ぶ。どっちもすげー人でさ、仕事も出来るし力もあるし、周りから尊敬されててオレからみたってかっこいいんだ、でもどうしようもなくどっかが壊れてて、オレにだけそれを見せるんだ―――違う、ヨシタダにだけ見せるんだ、」
「最初は自惚れた、ヨシタダって呼ばれる意味をわかってなかったから、オレが愛されてると思ったんだ。でもすぐに分かった、分かるよね、見てないことぐらいわかるよ、」

 瞬きをやめた瞳で一点を凝視したまま、江間は流れるように言葉を紡ぐ。
 既に相手に聞かせるためのそれではない。吐き出す事で精神の安定を取り戻そうとする無意識の働き。
 
「1回言ったんだ、その人はもう死んだんだって」
「ああ15になったばっかだったからちょうど一年前くらい? 死んだんだよって、死んじゃった人のことばかり想わないでって、言ったんだ」
「そしたら怒りを買っちゃってさ、…まあ当たり前だよね、お笑い種! もうマジぐっちゃぐちゃになるまで殴られてさ、顔、ああ知ってる? 人を殺すときにね、知らない相手だと大体顔は狙わないんだって、顔を潰すのって身内が多いのな。顔とかホント狙われて、あの人オレの顔が嫌いなんだ、母さんそっくりだから。オレは母さんなんかよりよっぽどあの人のほうが大事だったのに」
「自分の人生は、そいつに愛された数年間のためにあったんだ、って断言されちってさ」
「お互い知ってたんだ、知ってたよ、でもアレはトドメだった、1回死んだような気がした。オレの周りは本当ろくでもない大人が多くて、ろくでもねぇ目にいっぱいあったけど、あんだけひどい気分になったのは初めてだったよ」

 自惚れるなお前など良将じゃないちっとも似ていない。
 私の人生は良将に愛されたあの頃のためにあったのだ。

 その名で呼び続けた声で断言された。
 おそらく子供は、あそこで一度死んだのだ。

「救いようがねェ、」
「どうしたってオレを見てくれることなんかないって知ってたんだ」
「知ってたよ、だってオレ何も出来ねェ」
「オレは、ヨシタダみたいに何か出来るわけでもねェしね」
「手だって」
「ないし」
「だからオレは、」

 オレは?
 ふつりと糸が切れたように言葉を止めて黙り込む。
 ――――オレは?

 く、と笑い声がした。
 気がつけば随分と近づいてきたソレが、低い哂い声をあげたのだ。聞き覚えのある、それは暴君の声をしていた。
 『―――いいだろう、なってみろよ』
 『そん時になってお前はやっと気づくんだろうさ。それでもお前の手には』
 『なにもないってことに』
 時間にしてみればほんの数秒、江間は完全に動きを止めた。

 我に返ったのは、ひやりとした冷たい感触のせいだった。気がつけば、右手が左手首のバングルを握っていた。ここへ来てまだ間もないころに貰ったもの。

「――――あ、」

 顔を上げると、菫は記憶にあるのとほとんど同じ姿勢で隣に立っていた。
 変わらない静かな立ち姿に、発作的とはいえ自分が吐露した内容を自覚して動揺した。今までなかったことだ。他者に話せば困惑させる結果にしかならない類の話だということなど、百も承知していること。知り合い相手ならば尚更だ。

「…ごめん、どうしようもないこと」

 動悸を抑えようと静かに息を吐く。

「ごめん、」
「構わないよ」

 気にしない。と、菫は言った。
 言葉の意味と重さが等分の声音に、それ以上謝罪するのもおかしい気がして江間は口をつぐんだ。
 菫の隣でじっとこちらを見ているそれを避けて、コンクリートの床に目を落とす。

「…別の誰かになろうとするのは無駄な事かな、」

 独りごちる。菫は答えなかった。




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