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【08】影を重ねた。

 美術室帰りだという蜜琉と別れ、江間は無意識に詰めていた息を静かに抜いた。
 蜜琉はいつも江間をあたたかな光でずぶ濡れにしたが、だからこそ時折自分の薄暗い部分を問答無用で自覚させられる。目を逸らせばいいだけの話なのにどうしても出来ない。
 想いを寄せる一方で、伸ばす手をとどまらせるのは身勝手な憧憬だった。
 きっと違いすぎる。蜜琉はとても眩しい。

 背後から迫る気配に気づいたのはそのときだった。振り向きかけた時には、腕が肩に回っていた。引き寄せられてぎょっとする。

「―――何びびってんだよ、」

 耳元で低く笑われ、聞き覚えのある声に眉根を寄せた。顔を向けると、案の定獣のような金の目が笑っている。精悍な体躯、くすんだピンク色。
 亘理・計都。
 笑ってはいるが何かを探るような目に既視感を覚えた。

「ナニ、」
「お前もっとはしゃぐだろ、いつも。あの人といると」
「はァ? …意味わかんねェ、」
「どうしたんだよ」
「…だからナニが?」
「ふーん」

 やけに絡んでくる亘理に僅かに苛立ち、離せと軽く肩を捩る。常とは違い接触が気に障る。
 敏い相手だ、常ならばこれで察するはずが、逆に指先に力を込められてぎくりとした。苛立ちに似た何かを感じるのは気のせいか。

「…んじゃ、GTでも行くか?」

 一瞬躊躇する。正直気乗りはしなかった。江間にとって亘理は同列で同属、近しい部分を感じるからこそ弱味は見せたくない相手だ。
 断りかけ、それも不自然かと思いなおす。
 だるく応じた。






 一人はあまり多くを言葉で語ろうとせず、
 一人は饒舌だったが大事なことをすぐに取りこぼす。




 
 


 アミーゴの構造は既に把握していた。ゴーストが湧き出す場所、潜んでいることの多い死角、足場の悪い場所。
 数を把握する、1、2、3。右からもう2体。やたらと既視感を覚える格好をした、少女のリリスがその物陰に一体。

「出たぞ」
「…左行く」

 短く言い捨て、ハンマーの重量を確かめるように軽く振る。漆黒の鎚は、既に手足の一部として馴染んで久しい。
 江間に続いて右へ向かった亘理が、ちらりと視線を向けたのには気づかない。
 真っ先に距離を詰めてくるアングリーデッド、初撃をかわして短く持った鎚で後頭部を砕く。江間の鉄槌は柄が長い。体格が今ひとつおよばない分、遠心力を最大限に利用して立ち回るためだ。
 戦闘になれば、ほとんど機械的に体は動いた。あまり賢いのはいない。単純で確実なのがいい。膨張した死体が持つ鉈を弾き飛ばした視界の向こうで、ちかりと銃口がきらめた。
 射撃。

「ッ、」

 咄嗟に左手を翳して庇う。鋭い跳弾の音。手首に当たった。しかし予想したほどの衝撃と痛みはなく、代わりにパキン、という高い音が響いた。
 音の原因を確認して瞠目する。悲しげな音を立てて転がる銀色の破片、衝撃を受け止めて真っ二つに割れたのは銀のバングルだった。

「―――!」

 拾い上げる間もなく、襲ってくる暴徒の死体に鎚を叩き込む。
 こちらへ来て間もない頃に貰ったバングルだった。
 誘い出した日曜日。お礼ね、と渡された銀の腕輪。はめこまれた虎目石、魔よけの石。そのころ彼女の隣には暖かそうな人がいて、他意がないのは分かっていたから、かえってただ嬉しかった。日本へ来て初めて貰った贈り物。とてもとても嬉しかった。
 かかさず手首に嵌めていたもの。たまにそれに気づくと微笑んでくれる、その顔を見るのも好きだった。
 隣を駆け抜けた亘理が、甚三紅を袈裟懸けに一閃して射手を仕留める。コンクリートを振りかぶるアングリーデッドを横に吹き飛ばせば、フロアには静寂が戻った。
 鎚を下ろし、短く嘆息する。
 壊れてしまった。

「…ソレ、」
「いい」

 感情の起伏がおざなりになっている思考は、動揺や衝撃よりも諦念が先にたった。割れてしまったものは仕方がない。どうしようもないのだ。拾い上げてポケットに入れる。
 亘理がすっと目を細めたことに気づかず、顔を上げてフロアの奥を見やる。

「で、どーすんの。…奥行く?」
「いや。……なあ、江間」

 日本刀を腰に納め、壁に立てかけた亘理が江間へと向き直った。

「こないだのリベンジ」
「―――は?」

 何か言う前に、たたん、と妙なステップで瞬時に距離を詰められる。ああ刀使いの間合いの詰め方だ、と何度か見たことのあるそれに妙な感慨を覚えていると、見せ付けるように妙にゆっくり拳が握られて我に返った。

「Play with me.」

 聞き覚えのある台詞。
 言い終わるやいなや繰り出される右ストレートを咄嗟に体を傾けてかわす。

「…ッ、おい!」
「お前、おかしいぜ」

 気がのらない、と伝えようとする前にすっぱりと言い放たれて息を呑む。答えない江間に、亘理はもう一度言う。いいだろ、遊ぼうぜ。
 そうしておいて、まるで幼子に向けるような笑みを向けるのだ。こんな状況でなければ、優しいと形容していい表情。そう頭の悪い子供へ向ける優しい憐憫のそれ。

「…Do you know what am saying?」

 聞いているかと甘ったるく笑い、がらりと表情を切り換えて、見下す目つきであざ笑う。

「――――doughboy,」

 鼓舞するように罵倒する術は絶妙だ。
 煽られて江間が地を蹴った。







 以前口紅を手にやりあったときとは違い、今度の戦いは一方的と相成った。双方素手での殴りあいだが、江間の攻撃はことごとく亘理にいなされる。
 入ることは入る。しかし浅い。
 逆に亘理の攻撃は体に重く響いた。防御しようとまともに受ければ腕が痺れ、いなそうとすれば続けざまに仕掛けてくる。 
 嫌でも高ぶってくる精神状態で乱暴に舌打ちすると、亘理の肩が揺れた。

「You're mango.」

 腑抜けと哂われて牙を向く。

「Shut up!」

 ばちっ、と派手な音をたてて、江間の拳が手の平で受けとめられる。そのまま手首を掴んで引きずり込まれた。前方へバランスを崩した体に、重く膝が入る。
 温情のように掴まれていた手が放され、よろめきそうになるのをこらえて距離を取る。ぐ、と腹に力を入れようとして膝がガタついた。
 腹にまともに拳が埋まり、咳き込んでふらついた足を後ろから前へと掬い上げるように払われた。瓦礫を鳴らして倒れこむ。
 即座に起き上がろうとした瞬間、肩を突き飛ばされ再び頭が床についた。
 上体に乗りかかられて起き上がれなくなる。大して身長は変わらないはずのに重い。ぎちりと歯を鳴らす。真上から見下ろす目が至近距離で笑う。

「腑抜け」
「うるせェ…! どけよ!」

 重い。上から押さえ込まれ哂われる構図、記憶が混じる。
 力で押さえつけられる感覚、今思えば身の程もわきまえずに食って掛かる自分も大概幼かったけれど、問答無用に叩きのめした魔王か何かのように強い漆黒の暴君。
 湧き起こる記憶に、現実の視界が霞んで金色が薄れた。
 ああ畜生、そうだ敵わない。
 昔とは違うはず、手も足も伸びたし力だってついた。自分の意思で武器を持てるし腕だって上がったはず。なのにいつだって届かない。いつまでだって遠い、何もかも知ってるって顔で、何もかも奪っていく。

「どうしたんだよ、お前」
「…何で、そんなこと聞くのさ、」

 問う声に笑みを漏らす。アンタらしくないよ、そうだろ。
 ネロ。

「…オレがどうだろうと、アンタは勝手にするだろ…、―――ッ!?」

 みぞおちに膝が当てられて、ぐ、と力がこもった。息苦しさと吐き気に食いしめた歯の間から息を漏らすと、ツナギの首元を掴まれ引き寄せられる。

「――――、…あ?」

 はし、と瞬く。
 焦点を取り戻した猛禽を思わせる金の瞳が、無表情に江間を睨んでいた。腹を押す膝に力が篭り、息を詰める。

「誰と喋ってやがる」

 亘理だ。珍しい。どうして怒っている? 
 上がった息でへらりと笑う。

「――――今はお前と、」

 衝撃に視界がぶれた。秒数遅れでかっと熱を持つ頬に、平手で打たれたのを知る。
 突き飛ばすように放されて、床に肘をつく。

「ふざけてんじゃねぇ」

 苛立たしげに手首を一度軽く振った亘理を見ながら、江間は上体を起こす。容赦なくやられた腹が後からきいてくる予感がしたが、それよりも亘理が苛立っていることが不思議だった。
 感情曲線がフラットな亘理の機微は、江間には今ひとつ掴みにくい。ただ、特別冷静というわけではなく、沸点もしっかりあることは薄々気づいている。
 何が気に障ったのだろう、そういえば今日は会った時から様子が変だった気もするが。
 そもそもが江間を懸念しての態度だったことにまでは考えが至らず、目を伏せて口元を拭う。

「のってくか、」
「――――は?」

 耳を疑うような言葉に、思わずぽかんとして亘理を見る。怒ったかと思えば気遣いを見せる当の本人は相変わらず不機嫌に眉をひそめたままだったが、それでも返答を待っているようなので、唖然としたまま微かに首を横に振る。
 そうかよ、と短く言って踵を返す背中に困惑する。
 言葉数の少ない亘理の行動の意図を、今の江間は察する事が出来ない。逆を言うなら、常と違う姿に心配よりも先に苛立ちを覚えるのは、好敵手であることを認めているがゆえの事だろうが――しかしこちらは、亘理も気づいているかどうか。
 ただ自分の態度が明らかに彼を不愉快にさせたこと、そしてどうも今のは好意なのだという事だけかろうじて拾い上げる。

「ワタリ、」

 声をかけなければならない、それだけ思って呼び止める。

「…ごめん」

 亘理は深く肩で息をつき、何が悪いかもわかっていないのに謝るな、と言った。




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