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【09】NOWHERE



 既に夜明けが近い、深夜のアミーゴ横須賀。
 月明かりだけでもさして不自由はしなかった。光に少し対応が遅れる分、自分の目は暗闇が得意だ。薄く浮いた汗をぬぐい、江間は息を付く。

 夜遊びの習慣はなかったが、昼間亘理に容赦なく腹をやられた分が夜になって効いてきた。内部のダメージは外傷よりも治りが遅い気がする。横になっても眠れるどころか、吐き気と鈍痛で呻いて一時間。動いていたほうがマシな気がして起き出した。
 どうせなら一暴れしてこようと、同じアパートの住人のバイクを借りて外へ出た。

 鉄槌で重く風を切る。
 わざと瓦礫を鳴らしながら反対側のフロアへ足を進めれば、足下から水音がした。目を落す。まだ濡れている肉片を踏んで、ぬるりと僅かに靴底が滑った。
 周囲に目を配ると、戦闘の跡が目に付いた。どうやら先客がいたらしい。
 その推測を裏付けるように、奥から明らかに人の声が聞こえた。接触は面倒なので踵を返そうとして―――しかしその声に聞き覚えがある気がして足を止める。
 見れば、声の主はちょうど沸いた最後の一体を打ち倒すところだった。ひらめくマフラーを残像に影が走った。
 見覚えがあった。短髪の。覆面の。背はそう高くない。無駄なく引き締まった体。歩いてくるというその動作だけで柔軟なバネを容易く想起させる鍛えられた筋肉。
 流茶野・影郎。
 同級生だ。交友範囲が広く、あちこちでよく見かける。カフェにもよくふらりと遊びに来ては、皮肉とも揶揄ともつかないことを楽しげに喋っていく。一見淡々とした独特の喋り口や、意外なほどのノリのよさが好きで、会えばつるむ仲だった。
 瓦礫の隙間からのぞく月を見上げれば、既に沈み始めている―――深夜の3時過ぎだ。どうしてこんな時間にという疑問は、今の江間の頭に浮かばない。
 ゆっくり瞬きして見物していると、新たに闇が凝る気配がした。

 うおおおおん うおおおおおおおん

 鬼哭。
 再び大量のリビングデッドが沸いて出る。
 教えこまれたが故の反射で瞬時に数を把握し、少し多いなと思う。
 流茶野は近接戦闘型―――その独特の体術ゆえに、特に単体相手にその能力を発揮するタイプだ。一対多数が苦手なわけでもないだろうが、さすがにあれだけいると面倒だろう。
 鎚の柄を確かめるように軽く撫でて、混じるつもりで歩み寄る。
 声をかけようといつもより重い口を開きかけたところで、流茶野がこちらを見ないまま呟いた。

良いね、考える余裕が無いのって
「…だろ、だからここ好きなんだよねェ」

 心から相づちを打ったのに、振り返った流茶野は驚いた顔をした。話しかけられたと思ったのだが、単純に独り言だったらしい。いぶかしむ響きで確かめるように名前を呼ばれる。エマ?
 なあに。

「どしたの。片付けよーぜ」
 
 鉄槌を片手でくるくると廻して顎で促せば、流茶野は了解したように軽く頷き、表情を苛烈な戦士のそれへと一転させた。





 足りない。
 弾幕の雨。
 全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない全然足りない。
 流茶野が踊りこむ。不思議な動きだ。
 後を追って道を開く。連携ですらない。ただ効率を追求したらそうなっただけ。
 訓練で体が覚えた動きを繰り返す、技巧も何もなく鎚を振るう。
 やあ、親愛なるお友達。君たちにとってのディアブロがやってきたよ!
 芝居の口上のような台詞の中に、懐かしささえ感じる単語を聞きつけて薄く笑う。
 届かない漆黒。
 ふくらはぎから下のない白い足。
 足りない。
 なんだろう乾いている。
 腹が鈍く痛んだ。低い声を思い出す。
 『誰と喋ってやがる』
 あれは誰だった?
 足りない。
 潰す。潰す潰す潰す。

「――――終了」

 足りない。






 廃虚から出て、一休憩しようと手近なコンクリートに腰掛けた。
 気楽な無頓着さですっと離れた流茶野は、向こうにある自動販売機へ向かい、缶を二つ持って戻ってきた。一つを放って寄こすので、ありがたく受け取る。
 流茶野は強い。さして大柄でもないのに、上手く相手の力をいなし、逆に利用すらして立ち回る。強いというより、上手い、というのが江間の印象に近い。相手によって臨機応変に対応を変える。

「どうした、江間?」
「…何が?」

 考え事をしていたせいで返事が遅れた。
 プルトップを引くと、やたらと景気のいい音と共に炭酸が噴き出して手を濡らす。特に何も考えずに舐めてみたら、鉄の味がして顔をしかめた。今の今まで鉄槌を握っていたのを忘れていた。

「んー何って……普段と違うからさ。なんか遭ったかと思いまして?」

 雄々しい戦士からいつもの同級生の口調へと戻ったことに気づかず、缶の中身をあおる。傷口に染みて眉をひそめたが、構わず飲み込んだ。血の味が混じる。
 ―――何もない。話せるような良いことは。
 吐き出すことで解決する問題でもなく、誰かに話して楽になることでもない。絡み合って泥沼で、しかし何より殺し傷つけてきた自分に同情の余地はないのだ。被害者でも犠牲者でもなく、自分も加害者だ。背負うべきものを他人に吐露していいとは思えない。
 取り乱して菫の前であんな話をした自分に吐き気がした。落ちていると自制が簡単に飛ぶ。大人しく引きこもっていればいいのに、自分はいつも人といる。
 ゴーグルを乱暴に押し上げて目を擦る。

「…ン、ちょい落ちてるだけ。悪ィ」

 初めてではない。繰り返してきたことだ。分かっているのにこの時期はどうしても気持ちが塞ぐ。無駄な思考を止められない。
 こうなるともうどうしようもない。今はただ時間が過ぎるのを待つだけ。

「ふーん……それだけですかねえ」

 全く納得していない声で、流茶野はまた一口呷る。

「……なんだか、自分なんてどうでもいいなんて感じなんですけど」

 ぽつりと呟かれたそれは不思議と独り言めいていて、寧ろ自身の中を覗き込むような響きを帯びていたが、江間はそういえばこいつは真顔になると明らかにダブルだよなあとか実に注意力散漫だったせいで、あまり聞いていなかった。ただワンテンポ遅れて言葉の意味だけをとる。
 どうでもいいだろうか?
 違う。どうでもよかったら、こんなに自分の事ばかりで悩まないだろう。
 だからそれは自分のことではない。

「…誰のこと?」
「いやね……そんな感じに見えたから」

 切り込んでくるかと思ったが、流茶野は言葉を濁した。逸らした視線が下を向き、軽く首を傾げて取り繕うように苦笑する。

「んー気のせいです、忘れてくださいな」

 笑顔に奇妙な違和感を覚えたが、それが何かはわからない。鈍くてごめん、と軽く謝っておく。少し自分の状態を伝えておくことはわりに有益だ。

「…で、お前はどうすんの、帰る?」
「そうですねえ……もう少しで朝になりますから、そうなったら始発にでも乗って帰りますよ」

 イグニッションを解いて私服姿へと戻った流茶野は、眼鏡をかけながら携帯を確認する。江間はどうするんですと聞かれ、もう少し休んだら自分も出る、と返事をした。
 これ以上やると怪我をする。負傷は避けたい。どうなってもいいとは決して思わない。
 ではお先に、と歩き出すまっすぐな背筋を見送って、江間は地面に目を落した。気がつけば腹のダメージは大分薄れている。いい加減眠れるだろう。幸いなことに、明日は土曜だ。



 足りない。
 じりじりと焦げ付いていく。
 しかし、だ。
 欲しいだろうか? ―――手に入らないのに?
 無意識に指が左手首を探り、そこに何もないことに気がついて何故かひどく寂しくなった。
 うつむく肩に、指がかかる。

『――――物に執着するなっつったろ?』

 色あせた金髪の青年が、江間を覗き込んで哂っていた。随分若いな、と江間はその顔を見返す。まだ出会った頃の彼だ。どうして今日は目が黒い穴なのだろう。
 何もかも持っちゃいけねぇんだから。
 いつだったか漆黒はそう言った。物に執着するな。金も然り。裏切らないのは訓練で培った技術と経験だけだ。
 経験談に基づく彼なりの教訓は、しかし落ちて歪んだ記憶の中で徐々に曲解された。
 呪詛へと、変わる。

『どのみちお前は、何も掴めやしないんだから』

 金色の少年は肩にかけていた指を外し、ゆっくりと組み合わせる。
 てのひらを内に合わせた、いつもの形へと。
 足りない。足りない。
 じりじりと焦げ付いていく。
 でも、何が?
 何がない?

『何も』

 …そうだったっけ?

『何も、だ』

 ―――そうだっけ。



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