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【12】柔らかな絆



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TO:玖凪店長
件名:昨日はごめん
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今日、ちょい早めに
カフェに行ってもい
少し話したいんだ。

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From:玖凪店長
件名:ううん
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今外で、20分もしたら
カフェに着くから。
それでもよかったら
待ってて。

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 アパートを出る前に短いメールを送ると、さして間を置かずに返事が来た。気持ちの読めない文面に、自業自得とはいえ少し緊張する。
 昨晩蜜流と別れて部屋へ戻り、一人で混乱し続けた。
 ループする記憶と幻影に混じって、ここで積み重ねてきた思い出が閃くようによぎっては光った。
 大切な人たち、気遣ってくれる友人たちの目、もらった言葉、向けられた怒りの意味、傷つけたこと。
 勝手に線を引いて境界線を作っていたのは誰か。どうすればいいのか。
 ただとにかく今は蜜流に会わなければ、と思った。江間はまだ、傷つけた事を謝ってすらいない。
 カフェに着くと鍵は閉まっていた。外にいるとメールに書いてあったから、帰ってくるのを待つつもりで入り口の段差に腰掛ける。ほどなくして近づいてくる足音に顔を上げれば、向こうから蜜流が小さく駆けてくるところだった。昨日と同じ服なことに気づき、江間は首を傾げる。

「―――朝帰り?」

 少し笑みを含んだ声に気づいたのだろう、蜜流の表情がかすかに和んだ。

「素敵な人のところに!」
「すてきなひと?」
「世界ちゃん!」
「ああ、」

 それは本当に素敵だ、と江間は軽く笑った。
 挑むように前を見つめる、背筋のぴんと伸びた立ち姿を思い出す。正反対のタイプに見えるが、二人は存外に仲がいいらしい。一人で一晩外にいたわけじゃないことを知って安堵し、カフェの中へ入る。
 ブラインドを下ろしてあるため、開店前の店内は薄暗い。一度静かに息をつくと、江間は改めて蜜流に向き直った。

「…これ、」

 昨夜蜜琉が腕にはめてくれた髪飾りをポケットから取り出す。一人になって、ぼんやりと眺めていた蝶のコンチョ。
 そもそもの使用目的も違うそれは、決してあのバングルではあり得ない。それでも明確
な『代わり』だった。いつも銀の腕輪がしめていた部分を、一時的に埋める代替。
 ああ、こういうことなのか、と思う。
 ――――『代わり』にはなれる。『そのもの』にはなれない。
 菫が言っていたことは、こういうことか。
 落ち着いてみればそれは至極当然のことで、それが無性に可笑しかった。
 差し出したコンチョを、蜜琉は受け取らなかった。拒絶ではない、そっと押し戻す動きで江間の手を戻す。

「まだもう少し持ってて。ね?」

 意図が分からず僅かに戸惑ったが、それよりも目を落としたときに視界に飛び込んだ手首に意識を引かれた。昨日押さえつけた、細い手首。
 静かに奥歯を食いしめた。

「…ひどいことしてごめん、」

 ただただ笑っていて欲しいと思っていたのに。あんなふうに身勝手で脈絡のない感情をぶつけ、乱暴に扱い、誰かと取り違えて、泣かせるつもりなど決してなかったのに。
 ううん、と蜜琉は首をふった。

「付いていったのはあたしだもの。だから、いいの」

 どこか寂しげに彼女は言い、そして気遣う響きでそっと切り出した。

「代わりに聞いてもいい? …何かあったの?」

 目を閉じて。開いた。 
 『何か』。先日デライラとの変わらない―――変われないやりとりを思い出す。そして連動して、薄暗い過去の記憶も。
 何もない。いいことは。
 けれど蜜流は、そういうことを聞いているわけではないのだろう。吐き出すためではなく謝意の証として、江間はゆっくりと言葉を選んだ。

「…知り合いが、…こっちに来たっていうから、会ってきたんだ。すげー世話になった人で、今も生活費出してくれてる…まァ保護者代わりみたいな人なんだけど。そんな人が二人いて、こないだ会ったのはその一人で」

 かちゃ。
 義足の音が聞こえた気がして目を伏せた。

「…ずっとね、オレの男親に惚れてた人でね」
「…『ヨシタダ』さん?」
「あれ…言ったっけ、」

 蜜流の口から出た名に心臓が一度強く跳ねた。
 話したことがあるのは、菫と―――確か以前質問ごっこで遊んだ際に、亘理に不意を打たれて少し漏らした程度。しかし蜜琉はあっさり「昨日」と言い、納得した江間は嘆息して苦笑した。何をどこまで喋ったのだろう。

「そう、その人。もう10年くらい前に死んでンだけど。良将―――元々オレの名前も、ヨシタダの音読みだしねェ―――そのヨシタダのことがすげー好きだったみたいで。
 …もう一人世話になった人がいるんだけど、その人もヨシタダのことが好きで。大事すぎて、…死んだのをうまく受け入れられなかったみたいでさ、」

「オレのこと、ヨシタダって呼ぶんだ。呼ぶっていうか…ヨシタダだと錯覚する、っていったほうがいいのかな。何ていうか…その人にとってオレはヨシタダなんだけど、でも本物じゃねェことも心のどこかでは分かってて…頭のいい人でね、だからどんどんおかしくなっちゃって、」

「オレもさ、うまく流せたら良かったんだけど、出来なくって。
 久しぶりに会ったけど、やっぱり変わってなくてさ、――――ちょっと引きずられた」

 語り慣れていない話を、人に伝わるように話すのは難しい。我ながら拙い話ぶりだったが、蜜流はじっと聞いていた。話が切れて江間が一呼吸おくと、どことなく寂しそうな顔でぽつりと言う。

「…良将ちゃんが、すごく大事に想ってる人なのね」
「…うん、」

 呟きは真実を突いていて、江間は苦笑する。単純に憎める相手ならば、きっともっと事はシンプルに済んだのだ。
 憎むには余りに多くの面を知りすぎていた。苦しんでいたことも、笑った顔の優しさも知っている。思慕と愛憎。本来ならば肉親に向けるようなそれを、江間は幼い頃からずっとその大人たちにささげていたので。

「…ホント、二人ともろくでもねー大人なんだけどさ。それでも何とかできるんなら、何とかしたげたかった。ヨシタダじゃねェオレをさ、好きになってくれたらって思ってた」

 魔法使いになりたいって、馬鹿な話をしたの覚えてる?
 周りの大人はもっと苦しそうだったからさ、助けてあげたいって思ったのは本当。
 でも、痛いとこ消してあげられたら、オレを必要だと思ってくれるかなって。底にはそーゆう自分勝手な欲求が見え見えだよね、ちっさいころはそんな、底にある理由とか考えたりしねーから尚更タチ悪いっつかお笑い種!
 ネロとかお見通しでね、それはもうわかりやーすく説明してくれて。
 だから、ずっと恥ずかしかったんだ。

「んで、まあちょっと―――いろいろ整理が付かなくってぐるぐるしてたんだけど…」

 何をしてきたか、何をされてきたか、江間は到底話せない。話していいことではないとも思っていた。自分のどうしようもない部分を何もかも吐き出して凭れかかるのは、きっと信頼ではない。そして赦しを乞う相手がいるとしたら、それは蜜琉ではない。決意と共にそう思う。
 実際問題、彼らとの問題は何も解決しておらず、いつか戻る時が来て、対峙しなければならないだろう。
 でもそれが、どうして目の前の人たちを大切にしない理由になるだろう?

「オレはここですげェ楽しいから、大事にしようって…あのさ、」

 腕を伸ばす。一瞬ためらい、しかし蜜流が動かないのでそのまま手を廻して軽く抱き寄せた。無警戒だった体は、簡単に胸に収まった。

「昨日は、取り乱してあんなわけもわかんねーこと言ったけど。今まで重ねたことなんかない、似てるなんて思ったこと一回もねェ、全然違う」

 開店前のカフェの前を通りかかった時から予感はした。
 自分の問題も解決しないままあっという間に落ちた。

「こっち来てからずっと、オレは店長を見てた」
「店長といるといっつも楽しくて、痛いことなんて何もねェみたいな気がして、でも全部夢みたいな気がして…上手く言えねェけど」
「オレ、店長がいい。最初の頃からずっと、店長がいいなって思ってたんだ」
「…あなたが、いい。だから、その、」

 一つ呼吸を置く。
 未だにタ行が入る名前の発音は苦手だが、ゆっくりと発音する。

「――――ありがとう、蜜流」

 ぱっと体を離すと、素早く手で軽く蜜流の口を覆って軽くキスをした。
 つまるところ口付けているのは自分の手の甲―――どこで覚えたかは忘れたけれど、あちらでたまにやった仕草だ。
 目をぱちくりさせる蜜流がおかしくて、江間は笑った。

「――――だいすきっ」

 そうして時計を見て、そろそろ準備を始めなければいけない時間なことに気づく。

「てんちょ、着替えなくていいのー?」

 そういえば、軒先に重なった落ち葉が少し目立っていた。今の時期は掃いても掃いてもキリがないだろうけれど、少し片付けておこうと箒を探しにロッカーへ向かう。

「今日誰のシフトだっけ? あ、オレ外掃いてくるねェ、」
「…あ、うん、ちょっと着替えてくるわねぇ」

 既に意識を切り換えた江間は、蜜琉の混乱をまだ知らない。








 勢いよくブラインドを上げて、向こうに見えたそれに江間は一瞬動きを止めた。
 落ち葉が降り積もる秋の景色に混じって、ぽかりとした虚ろが立っているのが見えた。組み合わせた両手、痩せた指、虚ろな目。
 その茫漠の瞳を見つめて、江間は薄く笑う。
 お前は消えない。
 きっとずっと両手を合わせたまま、こちらを見つめているのだろう。


(それでいい、そこで見ていればいい、きっといつか、)





 ――――いつか。






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