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【Epilogue】NOW HERE



 てのひらに収まるサイズの、小さな丸い鏡。
 見た目よりも重たいのは、青鼠の石にはめ込まれているためだろう。磨り減った側面が経てきた年代を感じさせる。おそらく骨董品だ。
 その丸い鏡面の縁に沿うようにして、ひどく小さな文字が彫り込んであった。
 かすかな凹凸を指でなぞって、江間は目を細める。漢字のようだが日本語ではない。中国語は聞いて覚えた広東語がカタコトで話せるのみ、つまり読み書きはさっぱりだ。
 『影見』と言う品だ、と友人は言った。

 ――――『其は浄玻璃にあらず。鑑なり』

 不思議なことに、鏡のはずの表面は霞がかかったように曇っていてよく見えない。






 江間のターン!
 一般技能:「探し物」発動!
 索敵対象:亘理・計都を指定し、
 行動を「物陰にひっぱりこむ」にしてターン終了!

「お前っ…女引っ張り込めよ!」

 引っ張り込まれた亘理は、江間の顔を見て露骨に『まだ怒ってる』という顔をする。

「……何か用かよ」
「………、」

 顔をあわせるにはどうにも気まずくしかし避け続ければさらに気まずくなる事も分かっていて、かといって面と向かって謝罪するのはバツが悪いが失礼なことをしたのは既に分かっている、というか全面的に自分が悪いのでこれはやはり謝らねばなるまい。
 ―――というわけで、ちょっと違った方向に攻めてみることにした。

「…こないだはごめんね?」

 具体的に言うと、小首を傾げて頭悪い感じにかわいこぶってみたのだが。
 ジャストアタック! わたりは 77 だめーじ! 
めまいがする、というように亘理は額を押さえた。言ってやりたいことは山ほどあるという感じでジロりと睨み、しかし止めておこうというように長いため息をつき、不意に腕をまっすぐにのばして

「―――あだっ!」

 ずびしっ、と音がしそうなデコピンを放った。
 デコピンとは言えど、恐ろしい速度と威力を持つそれによろめいて額を押さえた江間に、亘理ははんと鼻で笑う。

「バーーーーカ」





 ――――『其は浄玻璃にあらず。鑑なり』




 額をさすりながら、自分のキャンパスに戻る。ちゃりん、とポケットで金属の触れ合う音がする。指は反対側のポケットに入れた鏡をなぞった。
 教室に入ると、見慣れた金色の頭が机に突っ伏していた。
 くーすーと上下する背中に、遠慮なく背中合わせに乗り上げた。逆さまの視界で名前を呼ぶ。

「うけいー。うけ、いー」
「んー? …重いがね…あ、江間おみゃーさん、4時間目どこ行っとったんだがや」
「戸叶キャンパスー。…ねェ、これどういう意味?」

 奇しくも自分と同じ色の瞳の前に、貰った鏡をひらりとかざす。
 眠たげに一度瞬いた宇気比は、かざされたソレの縁を指でなぞった。

「―――『其は浄玻璃にあらず。鑑なり』」
「…ジョウハリ?」
「あー…瑠璃も玻璃も照らせば光る、分かりゃーか?」
「あ、カルタの?」
「カルタ…? ああなるほどな。玻璃はガラス…昔の仏教用語で、鏡のことだがや。浄玻璃ってのは閻魔王庁…エンマは分かりゃーか?」
「イエア、泰山府君!」
「ン、それ。そん人のおるとこにある、亡者の生前の行いを全部映すって鏡のことだがや」
「こえーーーー!」
「おそがいよ」

 でもコレは「自分はそうではない」と言っているのだ、と宇気比は言う。宇気比には探求者の血が流れているらしく、こういう専門知識に触れる時、その語り口は柔らかなまま熱くなった。

「カガミ、ただの鏡じゃのうて、武士の鑑とかそっちのほうだな。模範になるような。つまり、わたしはただの映像じゃない、暴きたてるものでもない。私に移るお前自身の姿から、模範となる姿を見つけなさいってことだて」

 我は全てを暴く者に非ず。
 我に映る汝よ強く在れ。


「…なんでオレにくれたの?」
「…さあ、何でじゃろーな?」

 背中の下で、宇気比が一度肩を揺らして笑った。大らかな陽だまりはいつも、決して暴き出すことはせずに、ただ自省を促すのだ。
 ふうん、と江間は鏡を指ではじく。
 表面は曇っていて、覗き込んでも影がぼんやりと映るのみ。

「…これさ、曇ってるのはわざとなの?」
「いや? 古いもんだで、磨けば光るんじゃにゃーか?」

 ああ、そうか。それでいいのか。
 江間は笑った。ひどくシンプルだと思った。気づけば昼食のために、クラスメイトは動き出している、がばりと宇気比の背中から立ち上がって伸びをした。

「ン、メシだな! 真田ー、メシ食い行かねー?」

 教壇の前の自席で、教材を片付けていた少女がくるりと振り返った。宇気比と真田とは、キノコ遠足以来よく教室で集まる面子だ。
 いつものようにぱちりと確認するようにこちらを見た碧は、すぐに笑顔になった。

「いいよ~、にゃは♪ あたし今日は、おウドンな気分だねぃ~」
「んじゃ学食いこまい」
「オケー。あ、そういや、新しいGT出たんだって?」

 立ち上がり、各々財布を掴みながら教室を出る。眠かった、と軽く欠伸をしながら、宇気比は少し先を歩いていく。頭一つ小さな碧の細身が追いついてきたので、江間も一緒に歩き出す。
 赤い目を笑みの形にたわめたまま、狐はさりげなく言った。

「良将ちゃん、」
「―――ン?」
「ポッケの中身、直そうか?」

 一瞬言葉につまり、そして思わず微苦笑した。
 最初こそ、終始からかうような口調に距離がつかめず戸惑ったこともあったが、今はもうそれすら含めてそれが碧なのだと江間は思っている。行動と行動の間を掴ませないのでいつも突然に思えるが、ちゃんと間は存在している。
 いつも楽しそうで、たまに少し寂しそうなクラスメイト。放っておけない友人の一人。他者の孤独に強く反応してしまうのはもう性分だ。
 拒絶ではない響きで、江間は首を振った。

「ン、…これはこのままで」

 何より大事にしていたのは、バングルそのものではなく、そこに込められた思い出。
 割れたからといって身に付けていた日々までなくなったわけではない。そして何となく、これは自分への戒めとしてこのままにしておこうと思ったのだ。
 江間の返答に、碧がほんの一瞬、獣のようにひそやかに自分の言葉の奥を探ってくるのを感じた。真意を探る目。ここ数日、こうして彼女は外から常に心を配ってくれていた。
 ―――――『其は浄玻璃にあらず。鑑なり』 
 ああそうか、周りの人たちこそが、自分を映す鏡だ。暗い顔をした自分を映して、曇らせてはいけない。

「…真田、」
「ん? なーにぃ」

 大丈夫かい?
 結んだ唇でにんまり笑ったまま、目だけが問いかけている。
 強くありたい。江間は一人思って、にっと笑った。

「…海老天を奮発してしんぜよう」

 ぱちくりと瞬いたあと、気ッ前いー♪と碧は茶化して笑った。
 どうして?とは聞かなかった。江間もまた、何故バングルが割れたことを知ってるのかは聞かない。
 ただ元気よく笑い返し、振り返った宇気比もつられたように笑う。
 何でもない穏やかな冬のはじめ。
 亡霊の影は遠く、日常のあたたかな空気に眩暈がした。









 あの、穏やかで危うい彼の岸の人。
 ただただ優しさだけを伝えてきた指先。
 許すように胸を叩いた碧眼。
 踏み込まずただ心を配った狐の子。
 何も言わずに鏡を落とした陽だまりの安寧。
 率直に覗き込んできた屍を名乗る少女、
 我が事のように苛立ちを見せた浅緋。
 夜中に会った蜉蝣、
 暖かに舞い込んだ赤い蝶。

 こちらで与えられてきたもの、
 すごしてきた穏やかな時間の全て。

 時間をかけて深くなっていった裂傷がゆっくりと塞がっていく感覚と、
 向き合うことで新しく生まれる痛み。
 薄暗いものを暖かなものが覆っていく感覚は、ひどく痛かったけれど。
 それがどうしたというのだ?
 江間はてのひらに目を落とす。









 掴めるものは何もなくとも、
 ――――今、ここに。


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